彦坂尚嘉の〈第41次元〉アート2の最近のブログ記事

「昨日の建築会館は、
面白かった。

Twitterによる実況中継と会場の映像配信が行われ、

最大800人を超す人がアクセスしてくれたとの事。


実験として行われたのだが,

従来のシンポジウムを変革する試みと言えます。


2次会は、五十嵐太郎さんの教授就任祝い。」
建築系ラジオに対する批判も出て来たので、ラジオ側が、シンポジウムに招待をして発言を求めたのですが、逃げたり、書き込みを消したりした人が出てしまったのです。」以下、こちらにて。
「こたつ問題のプロセスを示す、記事を発見しました。もともとはブログに掲載されていた様ですが、削除された記事が、キャッシュに残っているのを見つけたので掲載します。」以下、こちらにて。
「「こたつ問題」は、「こたつ事件」という言い方になってきて、
今日のコンペティッションの問題点、
マスメディの批評の不在化、
そして建築家の危機性が、
あぶり出されて来ています。

今日の建築家は危機に見舞われているのです。
だから、美術に流れ込んで来ている傾向があるのです。

そして今回の越後妻有ツアーで、
それら建築系出品作を見ると、5つくらいの、実は弱い作品があった。
この失望が背景で、今回のこたつ事件が起きているのです。

以下、こちらにて。
「こたつ問題は、建築会館での今月28日のシンポジウムに向って
動いています。
このシンポジウムに、こたつ問題の2人の出席を促すメールが2通、
出されているのです。

越後妻有トリエンナーレの、
正式な会期は終わりましたが、展示が続いている作品もありますが、
彦坂尚嘉は、搬出をしながら、
こたつ作品の最後の鑑賞と、写真撮影をして参りました。
撮影は武田友孝氏です。」

以下、こちらにて。

「以前のこたつ問題のラジオに対して、不快という反応が起きていたのですが、以下にご紹介するラジオは、大変に長いものですが、25分くらいからこたつ問題が語られています。


これへの反発が起きていて、さらに強い批判をなげかける反応が来ています。その反応のメールを引用できると良いのですが、個人メールということもあるので、控えます。

  彦坂尚嘉の私見を申しあげれば、こたつ作品そのものは、非常に素朴な破綻性を持つ作品で、東京大学工学部建築学科の大学院生で、
しかも数百万の高額な懸賞金を稼いできたという風聞を聞いているカリスマ建築家である人たちのものとしては、非難されても仕方がないものであります。
 
 これに対する建築系ラジオの批評性に対する批判や、非難が起きる事自体は良いと思いますが、その中に批評の自由や、言論の自由に対する配慮が無い事が気になります。

 批評や言論と言うものは、不愉快なものなのです。
 リスナーが自分にとって不愉快なものを非難し、排除しようとする、素朴なまでのフロイトの言った快楽原則的な反応は、その素朴さそのものが、こたつ問題の本質を指し示しています。
 素朴なまでの建築性の欠如と、
 素朴なまでの批評や言論への視点の欠如であります。

 こうした素朴性への居直りは、子供であって、それは悪なのです。
 大人が子供のように振る舞うのは悪なのです。


37B: オープンデスク学生との本音トーク「夏のオープンデスクを終えて」

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夏 のオープンデスクで事務所に来ていた学生の最終日のお別れ会にて、二週間の研修を終えた感想や、最近の建築界で感じることなどについて、自由に語ってもら いました。オリジナルとコピーの問題から、プライベートとオフィシャルの問題まで、3人の学生とのぶっちゃけトークです。1時間を大幅に越えるこれまでで 最長のコンテンツですが、議論の内容はしっかりしているので、そのまま配信します。ここまで学生が主役になったコンテンツは初めてかもしれません。25分 頃から、ある問題に焦点を絞って話をしています(2009年8月30日、松田達建築設計事務所にて)。

松田事務所の日常
聴く: オープンデスク学生との本音トーク「夏のオープンデスクを終えて」
(MP3形式、38.4MB、1時間23分57秒)
こたつ.jpeg


越後妻有アートトリエンナーレ

聴く: 建築系ラジオ緊急謝罪会見「『こたつ問題』欠席裁判」
(MP3形式、28.7MB、41分45秒)


コメント 3

建築ラジオ、面白く聞きました。

気になって、ネットで画像検索かけましたが
ようやく1点だけみつけていました。
http://tacumi.img.jugem.jp/20090726_1309284.jpg

彦様の写真は、ディテールがよく見えるので、
議論の中のことがよくわかりました。

先例ということでは、建築系の中よりも、現代美術の中に、
こういうアイディアは、すでに使われていることも思い当たりました。
ザ・プレイのベンチという作品、1971年です。
コンセプトも「その上で人々が出会い、 休息し、通り過ぎるための場」
で、こちらは、上で楽器を演奏したりもしています。
http://www.ne.jp/asahi/ike/mizu/p/bench/bench.htm

by NY GAL (2009-08-16 00:35) 

じゃむ

彦坂さま

実際の作品は見ていないのですが、彦坂さまの写真や
http://www.echigo-tsumari.jp/2009/artworks/index.php?id=518
にて拝見し、ラジオも拝聴しました。
この作品を選んでしまった審査員(審査というのが実際に、どうやっておこなわれているのか不明)にも責任があるのかなと個人的に思えました。
「こたつを囲んでピクニック。そのプロセス全部が一つの作品だ。」というのも、いかがなものか。これがコンセプトです。と言われるのは非常に困る。
何だか、美術や建築に普段関わらない素人や鑑賞者たちを馬鹿にしているのではないかとさえ思えてきます。
ピクニックするのに、こたつは要らないし、なぜココでこたつなのかも全く分からない。
「大きな掘りごたつ」と案には書かれてあるが、この案の図でも、伝わってこないのですけど。(苦笑)
こたつとしても、デザイン(すでにデザインと呼べる物なのか?)として、これは子供が見ても、こたつでは無いでしょう。
ボランティアさんがいたとしても、このような作品(?)を手伝いたいとは思わない。
ラジオの26分あたりに、これらの例は他にもあるという話には同感できました。
彼らが参加したと言われるコンペに参加をして負けた人たち、他の東京大学院の生徒さん達にも大変失礼な作品(?)だと思います。
しかし、このように公開ラジオで批評を聴けるということが素晴らしい事だと思います。ありがとうございます。
by じゃむ (2009-08-16 21:41) 

じゃむ 建築系ラジオで、予算の話が出ていましたね。
予算が無いのだったら、どうして予算に入り込まないほどの大きな事をしたがるのだろうかと不思議に思えるのです。
そこまで計算できるのも、作家の責任ではないでしょうか。
そんな事を思います。

by じゃむ (2009-08-17 03:11)